藤井風を語る真夜中

風という病に侵され…語らせたまえと願った。

『満ちてゆく』MV感想

この傑作を前に野暮なことは言いたくないけど、何回か観てみた段階での感想を書いておきたいと思う。

 

まず最初に歌詞の一部が英語で流れる。『変わりゆくものは仕方がないねと 手を放す、軽くなる、満ちてゆく』の一節。

風っちの囁きが車椅子に乗る老人の一生と重なって、そのまま歌になる。歌声もそっと人生に寄り添うような優しさ。ためらいがちに人生を歩くみたいな歌い出し。

 

年齢を経た彼は老人達の住む施設で静かに暮らしている。仲間達と語り合う場もある。ピアノを披露する場もある。好きなことができる落ち着いた日々。

やがてもっと老いて脚が不自由になった彼は、自分の人生を振り返りノートを記す。書いていると思いは「母」へと向かう。老いた仲間との暮らしでも、ピアノを弾く場所でも、常に見守ってくれるのを感じていた母の面影。

日記を書いていると、母の思い出が浮かんでくる。ベッドの足元に満ちてくる水。そのままベッドは海の上へ。悲しいほどの孤独。子供の自分は母を救いたくて手を伸ばしたけれど届かない。沈んでゆく母。

 

若き日の自分を思い出す。まずは元気を頼りに仕事に励んでいたけれど、やがて疲れてタクシー移動になり。なかなか上司に認められる結果が出ずに、イラついて他人とぶつかったり。自己嫌悪で萎れた電車の中、ふと母の目線を感じる。

母に会いたい…懸命に探すけれど姿はない。

 

子供時代の彼。母に導かれてピアノ店へ。この時着ていたパーカーが、海のシーンの赤い袖だ。子供時代に母を喪ったのだ。

母を探して走る。子供の彼も青年の彼も。失くした、失ったと思いながら。

教会に辿り着き、さらに母を想う。母と行ったギャラリーを、車椅子の彼も訪ねてみる。そこに母がいた。彼は涙をこぼす。

教会の彼も気づく。失ったわけではなかった、全てを与えてくれた母は、自分の中にいる。はじめから自分には全てが与えられていたんだ。

足取り軽く、彼は今こそ母を受け入れ墓地に向かう。お母さん、自分は全部持っていたんだね、貴女が与えてくれたから。貴女は自分を捨てて去ったわけじゃなかった、全部ここにある、貴女と間違いなく繋がっている。

 

母への思いを書き、老いた彼は帰っていく。母は、よく頑張ったね、お帰り…と言いながら、いつも身につけていたショールをそっと肩にかけてあげる。

母のショールに包まれて、今彼はあらゆる人間が帰る場所へと旅立ったのだ。

 

 

藤井風の演技力よ。いや演技ではなく、その人物を生きる力の凄まじさ。

サスペンダーをして踊る姿のチャーミングさ。酒に酔い暴れる姿。電車のシーンの、母に気づく表情。面影を探す姿。墓地で微笑む顔の美しさをも含めて、ほとんど信じられないほど演技が上手いんだが!

藤井風がエグ過ぎて倒れそうだよ。

 

あの海に漂うベッドのシーンは、CGなのか?室内に満ちてきた水も?

どうやって撮ったん監督!

 

スマホで見てる人も、TV画面で見る人も、可能な限り設定を明るくして見るのを勧める。暗い画面では見えなかったものが見えてくるよ。母の肖像画を見ながら、老人がこぼす涙も。

 

エンドロールでスタッフさんの名前が出ている間も、墓地には青年がいる。画面の左、真ん中辺りに。母の墓の前に佇み何かを話しかけるように。

 

山田智和監督、凄いなぁ。藤井風を生かし切って。あの音楽の天才に、まだまだ無尽蔵の才能があることを僕らに見せつけてくれて。

それに応えた風っち。こんなクオリティのMVなんてものを我々に与えてくれた。

曲の終わりにクラップが入るけれど、あれは僕には拍手に聴こえる。人生を生き切った人への喝采。最期の時、おめでとう!頑張ったね、よくやった!と、一番は母から褒められたい。そんな子供の僕らへ、拍手を送ってくれる楽曲なんだと思った。

 

6分間の映画。この世界は完結している。完全な形で我々に提供された、愛だけの世界。

山田智和監督の凄さと藤井風の凄さ。全スタッフさんの凄さ。こんな奇跡ばかり見せてもらえるから、風っちのファンはやめられないんだよ!